思い出のバスクダンス
肌寒くなり、去年の今頃はバスクダンスに熱中していたのを思い出して、写真を眺めていたらあの頃を振り返らずにはいられなくなりました。
ちなみに、このバスクダンスは私の卒論のテーマにもなろうとしています。
完全に自己満になりますが、少なくともこの記憶があるうちに、私の留学生活に沢山の経験を与えてくれたバスクダンスについて書き留めておきたいと!
自分が日本の文化としてよさこいを発信するからには、相手の文化も知りたいと思い、バスクダンスのチームをずっと探していたんです。
チームのホームページはほとんどバスク語だし、どのように検索したら出てくるのかも分からず自分のイベントが終わって落ち着くまでは中々見つけられないでいました。
イベントで、バスクダンスやりたいんだけどいい教室知らないかな?と尋ねてみたら、
探して連絡してあげる!と
その時知り合ったバスク人のゴルカが私でも入れそうなバスクダンスチームを探してくれることになりました。
2週間後、隣町にマユコが今からでも入れそうなチームがあったよ!明日レッスンがあるみたいで、見学できるけど行ってみたら?1人で行くの不安だったら僕がついて行ってあげる!とゴルカから連絡が!!
次の日、イベントぶりにゴルカと再開し
見学に付き添ってもらいました。
あとで判明したのだが、その日はゴルカの誕生日だったということ笑
バスクの人は本当にやさしいなぁ。
その日のことは今でも鮮明に覚えていて
ダンスの教室がある金曜日はいつも雨で、初めて行った日も雨でした。迷わないようにと早く待ち合わせしてきたのに、地図で何度確認しても教室に辿り着けない。
行くまでに3人に道を尋ねましたが、1人、お喋り好きなおじさんに聞いてしまったせいで時間を大幅にロス。
そのあと、偶然同じダンス教室に向かっていた親子に出会え、一緒に行くことに。
教室が山を下ったところにある日本風の古民家だったので、まさかそれだとは全く気がつきませんでした。
遅れて教室に入って行くと、先生らしき赤髪の陽気なおばさんが出てきて、貴方がバスクダンスやりたい日本人ね!!話は聞いてるわ!!と。
ゴルカが事前に説明してくれていたので話はトントン進む。
マユコ、スペイン語は大丈夫?
まあまあです…と苦笑い。
彼女は大学でスペイン語でバスク語も勉強してるので全然大丈夫ですよ!とゴルカが後押し。
全然大丈夫ではないなぁと思いながらも
まぁ踊ってしまえば関係ないから、さっそく踊りましょう!!!と先生。
初めて踊った時は基本のステップすら難しい!基本は円になって踊るのですが、しっかり頭を使ってカウントを取っていないと気づいたらみんなとは逆方向を向いていることもしばしば。
慣れてくると、軽やかにステップが踏めるようになってくるのですが、調子に乗っているといつのまにか逆方向を向いています笑
それがバスクダンス。
同じような曲調でも、曲がそれぞれ違ってステップも少しずつ違う。大体は同じステップの組み合わせで一曲が完成するので多い時は1日に4曲覚えることもありました。
大学でバスク語を勉強していたこともあり、曲中にバスク語で言われる数字や右や左などの簡単な掛け声が分かったのは嬉しかった!
私のダンスを見学していたゴルカは、見ていたら自分も踊りたくなってしまったらしく、いつの間にか一緒に踊っていました。笑
ダンス初日の最後、帰国までそのダンスチームに入れてもらうことを決意し契約をしました。契約といっても、私は2月までの短期だったので万が一怪我をした場合の保険料20€だけ払って入れてもらうことができました。
気づけば横でゴルカも入会していました。笑
その日から私のバスクダンスライフの始まり。毎週金曜日の放課後は1人で地下鉄に乗って終着地のBasauriという町まで行きました。
私がいたのは初級クラスで先生2人と初心者の女性2人、上級クラスから遊びに来ているおばあちゃん2人と私と同い年のアネ、そしてゴルカ。
アネは私と同じ日に入会して、偶然バスク大学の同じ学年ということも分かり意気投合!ダンスに行けば必ず彼女がいて、分からないことをすぐ聞ける存在は心強かった。
ある日、初級クラスのあと、先生に私とアネが残るように言われ、よく分からないまま教室にいると、そのまま上級クラスのレッスンが始まりました。
急にみんなが踊り出したのはYouTubeで見たことがあったAurreskuと呼ばれる高度なバスクダンス。細かい足のステップや、バレエのようなジャンプも含まれ、見よう見まねで踊ってみるが出来なすぎて笑うしかない私たち。
聞くと、12月末に発表会があって、上級クラスの人数が足りないから私に入ってもらうとのこと
その日から私とアネは1日に2つのレッスンを受けることになりました。
上級クラスのみなさんはすぐ私を受け入れてくれた。むしろ、こちらが不思議に思うくらい溶け込んで。
はじめて会うおじさんも、マユコーーー!と叫んで寄ってくる。突然やってきた日本人をすぐに受け入れてくれたみんなの暖かさにひたすら感謝。。
上級クラスといっても、私たちが入ったのはおばあちゃんたちのチーム。
細かなフリの違いで先生同士が言い合いになり、発表会間近に曲がどんどん難しくなるにつれてバスクおばあちゃん達の不満も募る。
練習中はいっつも口論になって
みんなが同時に喋って
ふてくされて踊らなくなるおばあちゃんもいたり。
私はいつの間にかそんなおばあちゃん達の癒しの存在になっていて
不満があると私に近寄って来て小声で愚痴ってくるおばあちゃんや、マユコは間に挟まれて困っちゃうよねー!ワッハハと気遣ってくるおばあちゃんも。
日本のおばあちゃん達とは少し違うようでも、どこか懐かしい地元のおばあちゃん達と接しているような優しいぬくもりを感じていました。
私はそんな空間が大好きで
バスクダンスとBasauriのチームが大好きでした。
たくさんのダンスを習いましたが、もっとも印象的なのはSagar dantzaと呼ばれるリンゴを両手に掲げて踊るもの!
練習の時、何故だか私がいつも列の先頭にさせられていて、自分の後ろに15人のバスクおばあちゃん達が連なっている光景もそれはまたシュール。。
これがその時録画していた写真笑笑
まさか本番で1番前はないだろうと思っていたら、本当に1番前になりました。笑
発表会の日は先生のご好意で衣装や靴も全部貸していただきました。バスクダンスの衣装を身にまとってテンションも上がり、髪型も、白いハンカチを使って先生にバスク風のお団子を作ってもらいました。
何曲か踊ったけれど、リンゴダンスは1番前で間違えることもなく本当に楽しく発表を終えました!!
私は日本人初のバスクダンサーになれた。
確証はないですが、探しても見当たらないので
そう思っています。
まるでずっと前からここにいたみたいに
見に来てくれた人達も他のメンバーも
みんなみんな優しくしてくれました。
旅行で練習に行けない日もあったが次に練習に行ったらマユコがいなくて寂しかったよー!と言ってくれる人がいて、2月に帰るというと、どうして帰らなきゃいけないの?部屋ならうちにあるよ、ご飯も作ってあげるからおいで。とまで言ってくれるおばあちゃんもいた( ; ; )。。。欲を言えばもっと前から入っていたかったし、この先もずっと続けたかった。
帰国の日が土曜日だったので、もちろん帰国前日の最後の金曜日までバスクダンスに通いました。
そして最後の日に、自分で持って行ったIkurriña(バスク国旗)にみんなからメッセージを貰いました。
最後の夜はゴルカとその友達と過ごす予定だったが、私の最後の日ということでダンスの仲間も一緒にバル巡りをすることになり。バルを数件まわり、最後の最後までなんともバスクらしい日を過ごしました。
今こうして振り返ると、私のバスクでの生活は、このコミュニティなしでは成り得なかったと思います。
そもそもイベントを開催しなければゴルカには出逢わなかっただろうし、このチームにも出会えていなかったことでしょう。
バスクに留学して、たくさんの巡り合わせを感じていて
帰りの飛行機で観てボロ泣きした映画”君の膵臓を食べたい。”にはこんな一節があった。
"「違うよ。偶然じゃない。私達は、皆自分で選んでここに来たの。君と私がクラスが一緒だったのも、あの日病院にいたのも、偶然じゃない。運命なんかでもない。君が今までした選択と、私が今までしてきた選択が、私達を会わせたの。私達は、自分の意思で出会ったんだよ」"
このセリフが本当に好きでした。
バスクでの様々な出会いは、偶然でも運命でもなく、過去に自分の意思でとった行動が目の前の出来事を作った結果なんだということ。
自分で動かなければ機会は作り出せないし、機会は自分で作り出せるのだと。
バスクで過ごした日々とその時の自分が、今の私の原動力になっています。
またみんなと会える日を願いながら、これからもひとつひとつの出会いを大切にしていきたいです。
波乱の家探し編!
Kaixo!
日本に帰って来て生活も大分落ち着いてきました。何が日記じゃ!というツッコミはおやめください、、、振り返り日記です笑
ビルバオに着いてまず大変だった家探しについて書こうかなーと。
留学って言ったら普通、寮とかホームステイとかくっついてるんじゃないのー?って思われるかもしれないんですけど、わたしの場合、交換留学だったので保証されてるのは”交換留学先の大学で学ぶこと”のみでした。
なので1から家を探す必要があったんですね。
日本でも探したことないのに。笑
住む家もない状態で出発することの不安といったらお察し頂けますでしょうか、、、(-.-;)
一応、現地の大学にも物件リストみたいなのが存在していて、そこから条件の良さそうなお家に内見のアポを取っていきました。
遊びに行くのにも学校に行くのにも、郊外に住むのは嫌だったのでビルバオの中心の方で考えてましたね
今になって考えると、どこに住んでも小さい町で全てが近いのでそんなにセンターに住まなくても良かったかなぁと思います…
家には3タイプあって
①Piso completo: 人を集めて1つのフラットをみんなで共有するもの
②Habitacion con estudiante :学生同士でのシェアハウス
③Habitacion con propietario: 大家さんの家の一部屋で一緒に住むもの
がありました。
私も割と早く現地入りしたつもりだったのですが、その頃にはもう他の人に取られてしまっている部屋が多くて…
ようやく決まった家が本当は1年以上住む人にしか貸したくないだとかなんだで
結構なんやかんやありまして(話すと長い)
結果的に決まったのがこのお部屋!!!!
ビルバオのド・センター。ビルバオで一番大きいAbandoという駅と、学校に行くバス停が目の前にある超好立地。
私はシャワーとトイレが自分の部屋に付いて、キッチンリビング共用で月500ユーロでした。ビルバオ内で言ったらたぶん割高なんですけどまあ仕方がない\(^^)/
お家を探すときのコツは、自分が何に重きを置きたいか!じゃないかな?と思います
同居人、立地、値段、設備…
私は自分のトイレとシャワーが欲しかったので少し高くても妥協できました。
シャワーがちゃんと出るか
家具は付いているか
光熱費は込みか
敷金礼金はあるか
家賃の払い方はどうか
Wi-Fiはあるか
同居人はどんな人か
たぶん日本でも部屋を探すときに当たり前に確認することだと思うんですが、言葉がまだわからない中で家の契約をするので特にこの辺の重要なことはスペイン語でも聞けるように準備しておいた方がいいかな!
家探し中に覚えた頻出スペイン語
fianza: 敷金
私は家賃の半額の値段がfianzaになって、最後の月の支払いを少なく払う代わりに戻ってきました!
alquilar: 賃貸りする
cobrar: (お金を)受け取る
最初この辺の単語を知らず、お家を契約するときに戸惑ったのでスペインでお部屋探しをすることになる人は覚えておくといいかもです!
Agur! (バスク語でさようなら)
イベント当日を振り返って~夢が実現するとき~
こんにちは!ぴーひゃらです。
今日は私の留学生活を一転させたイベントについて、振り返りたいと思います!
私がイベントを計画するまでの経緯は*1で!
よさこいを踊らせてほしい!という私の希望を承諾してくれたのがJAPAN WEEKENDでした。ただ、問題は私一人では踊れないということ・・・。
所属している「学生よさこいチームおどりんちゅ」の代表さんに相談して、ODORINCHUとしてビルバオで踊ることを承諾してもらいました。
全体ラインでメンバーに呼び掛けてみたところ、本当に多くのメンバーが興味を持ってくれました、ビルバオのイベントステージは8人程度が踊れる規模だということで、はやく連絡してくれた7人のメンバーにお願いしました。
本当に急なお願いだったし、このイベントのためにお金を出して、スペインまで応援に来てくれたみんなには感謝してもしきれないです。そもそもそんなフッ軽な人なんていないと思って、ダメもとで聞いていたので人が集まったときには本当にびっくりしました。
さて、イベントとコラボさせてもらうにあたって私が社長に提案した企画は主に3つ。
・1時間程度のステージでの演舞を1日に2公演したい!
・その公演の中で、会場のお客さんに「総踊り」を教えて一緒に踊りたい!
・公演以外の時間は、YOSAKOIブースを設けて、よさこいに関する展示、衣装の試着、鳴子体験、直接お客さんと交流しながら説明したい!
でした。
なんとこの3つとも私が言ったまま承諾されました(なんでも言ってみるものですね笑)
さてさて、いよいよイベント当日です。
会場はバラカルドという駅からすぐのBILBAO EXHIBITION CENTRE(BEC!)。
不思議な形をしています・・・!ここでは年中様々な企画展やイベントが催されていて、日本でいう幕張メッセや東京国際フォーラムの展示ホールといった感じ?
私たち、足袋と下衣装でビルバオのメトロに乗りました(笑)
ODORINCHUのブースには
4代に渡る衣装の展示や・・・
私が部屋でコツコツ作っていた2メートルの展示物
よさこいの要素を1つ1つスペイン語で解説しました^^
鳴子もメンバーに沢山持ってきてもらいました!
準備満タンです!
10:00 少しずつお客さんが入場してきました!私たちのコーナーにも続々と人が!
みんな初めて見るよさこいの衣装に興味津々です。沢山あって選ぶの迷っちゃうよね
英語、スペイン語が分からないメンバーたちも身振り手振りで頑張って対応してくれて本当に感謝。
みんな好きな衣装を選んで記念撮影!小さい子からご年配の方まで、「無料なの!?」ってキラキラした目で衣装を選んで喜んで写真を撮っていきます
13:00-14:00/16:00-17:00 メインステージでの公演
司会進行は全部わたしの拙いスペイン語でやりました(汗)。一つ一つの演舞の意味やストーリーをスペイン語で言えるようにちゃんと練習していきました。覚えたバスク語も披露。
演舞順はこんな感じ。
①2017年度演舞「輝夜」
②南中ソーラン
③総踊り「うらじゃ」
④2016年度演舞「うたかた」
⑤「輝夜」纏あり
実際のお祭りの雰囲気も伝えたかったので、後ろのプロジェクターには過去におどりんちゅがお祭りで踊ったときの映像と音源を重ねたものを流しました。
また、お客さんにも掛け声を一緒に言ってほしかったので字幕動画も作って工夫しました。
そして私が1番やりたかったことでもあり、1番の不安要素だった総踊り。企画したものの、日本人に似てシャイなバスク人は果たして一緒に踊ってくれるのだろうか・・・?というところ。
みんなで踊る前にスペイン語で軽く一連の動きをレクチャー。
踊ってくれました・・・・!!!!!!このみんなが一生懸命踊ってる感じたまりません!!!まさに私が実現させたかった空間でした!!!!
見せ場である纏ありの輝夜もぜひご覧ください!
2回目の公演ではアンコールまで!
すでに私たちの身体はボロボロのヘロヘロ(私だけか?)だったのですが、最後の力を振り絞って全力で踊らさせていただきました!!!
衣装替え後の湧き上がる歓声や、演舞後の鳴りやまない拍手。
今でも忘れられません。
来てくださったお客さん、応援に来てくれた日本のメンバー、JAPAN WEEKENDのスタッフさん方のおかげでステージでの演舞も展示も大成功に終わりました。
ブースには総勢100人以上来てくれたんじゃないかなと思います。私にとっては、来てくれたお客さん1人1人とスペイン語やバスク語でコミュニケーションを取ることができてとても嬉しかったです。
中には、私のファンになって、私を見つけるたびにハグをしにくる15歳の男の子や、「よさこい踊れるようになるにはどれくらい練習したらいいの?」なんて真剣に相談してくる小さい男の子がいたり。沢山の人とお話しして、この1日で3年分のスペイン語を話したような気分。この時まだスペインに来て2か月で、まだあまりスペイン語は話せなかったはずなのですが・・・なぜだかこの時だけは口からポンポンとスペイン語が出てくる、そして聞き取れる・・・!
いやぁ、追い込まれた時の人間ってすごいですね・・・(笑)
全てをやり終えて、
強い意志をもって諦めずにやって良かった。
私のような無名の大学生でも、「やりたい」という気持ちがあって「行動に移す」、実現するまで「やり続ける力」があれば、こんなことが本当にできてしまうんだな・・・と。
このイベントの企画から実行までを通して自分でも成長を感じることができました。
そして同時に、沢山の方々の助けなしでは絶対に実現できなかったことだと思います。
困ったときは誰かに頼っていい、分からないことがあるなら聞けばいい、なんでも自分だけでどうにかしようとする必要はないんだ、ということもこの経験を通して学べたことでした。
イベントを終えた後にも、私のもとに沢山のメッセージが届きました。
「今までビルバオで、スペインでこんな日本文化は1度も見たことがない。素晴らしかった。」
「あなたがこの国に初めてYOSAKOIを広めた人だ!アニメやマンガばっかりのイベントに日本の伝統的なものを持ってきてくれてありがとう!是非来年も続けてほしい。」
イベントの主催者の方々からも沢山のお褒めの言葉を頂きましたし、嬉しいことに次のオファーまで頂きました。
残念ながら今現在、私は大学2年生で6か月間の留学をしている身なので、いつここにまた戻って来れるか分かりません。ですが、きっとまたパワーアップした姿でバスクの土地に戻ってこれることを楽しみにしています。
私がこの地で踊ったことで、誰かのキッカケになれていたら嬉しい。
マンガやアニメなどのポップカルチャーに注目が偏りがちな今、
「よさこい」という新たな文化がバスクの人たちの印象に残って
日本に行ってみたい!お祭りに参加してみたい!と1人でも多くの人たちが思ってくれていたら嬉しいです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!
*1:前回の記事
イベントとの出会い:トビタテ実践活動、受け入れ先どう探す・・・??
ご無沙汰しております、ぴーひゃらです!
留学に来た当初はバスクでの経験を発信していこうと意気込んでいたのですが、イベント準備と学校の両立でそれどころではなくなってしまいました・・・。
学校も終わり、私のここでの生活はもう1か月を切ってしまいましたが、これまでの留学生活を振り返りながら再び記事を書きたいと思います^^
私にはこの留学中に叶えたい1つの大きな夢、テーマを掲げていました。
それは、
「よさこいを日本と世界を繋ぐ共通語にする」ということ。
(写真:JAPAN WEEKEND BILBAO よさこいステージにて)
・なぜするのか
私は学生よさこいチームの踊り子として、日本各地のよさこい祭りへ参加してきました。
そこで「祭り文化」「よさこい踊り」こそ、私が心の底から楽しさや素晴らしさを伝えることができる文化であり、最も伝えたい、発信したいと思う文化だと気づきました。
よさこい祭りは海外の人がその土地や文化、地元の人々と直接親しむことのできる絶好の機会であると思うのです。
ここに、国籍・年齢・性別関係なく様々な人々が参加すれば、祭りという場で人々が出会い、そこに「対話・交流」が生まれると思うからです。
つい数時間前まで見知らぬ人だったのに、気づいたら一緒に踊ってた!!なんてことがザラにあります。
わざわざ国際交流イベントに参加したりしなくても、自然に交流ができる、お祭りをそんな空間にしたい・・・!
国際交流したい、でも英語が。。。なんて人も心配ありません。
一緒に踊っちゃえば言語なんて関係ないですからね・・・!
大前提として、盆踊りなどの日本の伝統的な踊りと比べて、よこさい自体に宗教的な意味合いは全く含まれていないため、誰もが楽しむ権利を持っています。
よさこい祭りでは、共に同じ踊りを踊り、同じ空間を楽しく共有することができる。それが、国際交流の第一歩になるはずだと思いました。
そんな想いから始まったのが私のプロジェクトです。
果たして「よさこい」という踊りがこの地で受け入れられるのか
どうしたら魅力的な形で発信できるのか
実際に現地で試してみようじゃないかと・・・!
・どうやるのか
大学一年の9月ごろからでしょうか。スペイン・バスクでよさこいのワークショップを開きたいと様々な機関に問い合わせをしました。
大学関係者、政府機関、現地のカルチャーセンター、レンタルスペース、ダンスチーム等々、とにかくバスクに関わるような機関があれば手当たり次第に毎日メールを送っていました。
それがなかなか見つからないんですよ。
いざ見つかる・・・!と思ったら音信不通になってしまったり
トビタテ奨学金は実践活動の受け入れ先を出願時に書かなければいけなかったので、それはもう必死でした。(結局受け入れ先は確定しないまま希望だけ書いて出願しました。)
実際に私が実践活動としてよさこいのイベントを行う場所を確保したのは、トビタテ2次審査の合格通知をもらってからでした。むしろ、確定したのは事前研修に参加しているあたりだったと思います。それくらいまで粘り続けて奇蹟的に検索エンジンに引っかかったのが
「JAPAN WEEKEND」というスペイン全土で催されている日本文化のイベントでした。(フランスはJAPAN EXPO、スペインはJAPAN WEEKNDといったところです)
そんなJAPAN WEEKENDがなんと私がまさに留学するBILBAOで行われるというのです・・・!このイベントを見つけた時の心臓の高鳴りは未だに覚えています。
まだ始めて1年のへたくそなスペイン語でJAPAN WEEKENDのFacebookにメッセージを送りました。
数日後、イベントの社長から興味があるので詳細を送ってくれということで何度かメールのやり取りをしてJAPAN WEEKENDとのコラボレーションが決定したわけです。
決まったときは本当に嬉しかったですね。
約1年かけてやっとでしたから。本当に強い気持ちをもって諦めないで探し続けてよかったなと思います。(むしろ何故それまでこのイベントに出会えなかったのか若干不思議ではありますが!)
・未来のトビタテ生へ
実践活動としてインターンやボランティア活動をする人は多いと思いますが、私のように自分からその機会を作り出すことも可能です!
未来のトビタテ生に受け入れ先を探す時のアドバイスをするならば
・相手方の言語で交渉すること(例えば自分の非母国語でメッセージを貰ったとして、それに返信するのってちょっと億劫ですからね。。。)
・トビタテ奨学金を貰うことは言わない(相手方には私が奨学金を貰おうが貰わまいが関係ないです、話が複雑になってしまうだけです)
・自分を売り込むつもりで(相手にとってこの活動にどんな利益があるのか、どんなことが期待できるのか、自信をもってプレゼンすること)
これだけでぐっと相手の返信率が上がります。
あと返信が来なくてもいちいち挫けないこと。相手は外国ですから、返信が来たらいいな~~くらいの気持ちで!
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!次の記事ではイベント当日のことについて書こうと思いますので、そちらも良かったらチェックしてみてくださいね。
バスク地方・ビルバオのお祭りASTE NAGUSIA!
はじめまして!トビタテ留学JAPAN!日本代表プログラムという奨学金を頂きながら、今年の8月から半年間スペイン・バスク地方にあるビルバオという都市に留学しています、ぴーひゃらと申します!自分の留学の記録、そしてこれからスペインに留学する方々にも役立つ情報、バスクに関する情報発信等をこのブログを通じてできたら良いなと思っております。
さて、私がビルバオに来て1週間ほど経ち、ビルバオの中心に位置するAbandoという町にアパートを借りて住むことになったわけですが、外は毎日お祭り騒ぎ、10時半から11時までノンストップで打ちあがる花火と、夜中まで鳴り響く音楽。
今回は、せっかくなので、いまビルバオの町で何が起こっているのかについて書きたいと思います。
Aste Nagusia(Semana Grande)
Semana Grande、バスク語ではAste Nagusiaと呼ばれるこのお祭りは8月19日から27日の9日間、スペイン・ビルバオのCasco viejoという旧市街を中心に行わる一年で一番大きなお祭りです。Casco viejoに一足踏み入れると、バスクの伝統的な音楽やダンスを楽しむ人々、そして至る所でピンチョスをつまみながらお酒を飲む人を目にすることができます。
そしてこの期間、町にはGiantのパレードや、Gargantuaと呼ばれる巨人も登場。
子供たちがGargantuaと呼ばれる巨人の口の中へ入っていきます・・・
フランスのGargantúa y Pantagruelという小説に基づいているそうで、中は滑り台になっていて遊べるのですが、これが一体彼らにとってどんな意味があるのかは分かりません。Semana GrandeのGrande=巨人とかかっているのかな?
この期間中毎日、10時半~11時になると花火が打ちあげられます。Casco viejoの川のあたりまで行くと目の前で打ちあがる大きな花火を楽しめます。近くに住んでる人からしたら本当に迷惑ですが、日本と違って惜しみなく打ち上げられる花火は圧巻です。
フェスティバルのマスコットはMarijaia(マリハイア)。両手が上がっているのは楽観主義で踊りを楽しんでいる様子を表していて、Bilbaoの人々はAste Nagusiaの間、仕事も忘れて、このマリハイアのようにお祭りを楽しむということらしいです。
外に出ているバルのテントや町のあちこちに、バスク独立を訴える旗やマークが。(写真は裏向きになってしまいました・・・)バスク人がバスク独立を望む背景についてはまたの機会に書きたいと思います。
昨日も道路を封鎖して行進する、大規模なデモを目にしました。決して過激なものではなく、市民が団結して訴えているという感じ。仕事も忘れて楽しむお祭りの期間ですが、バスクにはまだまだスペインからの独立を望んでいる人が多くいることが分かりました。
バスクに実際に来るまでは、「バスク人は閉鎖的」という風に聞いていました。私はまだお祭り中のバスクしか見ていませんが、いい人ばかりで、みんなとても明るく自分の町に誇りをもって楽しんでいるように思います。
これから、もっとたくさんの場に出向いて、たくさんの人から直接話を聞いて、バスクについて深く理解していきたいと思います。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
コメント、質問等ございましたらお気軽にどうぞ、力になります^^